(新?)敬称用語「たそ」について
新しい日本語???
こんにちは。pompombackerです。
先日ツイッターでアンケートを取ったところ,「たそ」について書くことにしました。今回は少し日本語学チックなものになるかと思います。
そろそろ今月2回目のブログを書きたいんですが,何書けばいいか迷っているので投票で1番多いのにします。
— さーで@顔文字に250円 (@pompombacker) May 22, 2018
僕が観察したところ自然言語では「たそ」は「りりたそ」のように,敬称用語として用いられています。
そして,これが特徴なのですが名前が3字の場合は最後の1字が削ぎ落とされることが多いのです!!!!(例:さわで+たそ→さわたそ,「さわでたそ」だとなんか歯切れが悪い))これが「くん」や「さん(ちゃん)」のような敬称用語と大きく異なる点です。
ではなぜこのような歯切れの良さというものを重視するのでしょうか。
このことは,「たそ」が作られた背景に着目すると良さそうです。
現代において「たそ」が用いられるのは,主にアイドルや可愛い女の子に対してだというのが通説であり,これは「たそ」ができた過程と一致します。
チャン→タン→タソだと勝手に思っていた
— (●'ェ`●) (@clo_n_931) May 23, 2018
どうやら敬称用語「たそ」はネットの中で出てきた接尾語らしいですね。
余談ですけども,タン→タソ(たそ)の変遷は現代特有のような感じがしますが,チャン→タンの変遷はそんなに珍しいことではないように思います。元来敬称用語「ちゃん」と「さん」は密接な関係があります。前者がいわゆる「赤ちゃん言葉」に属するのに対し後者が「大人言葉」に属するということも挙げられますが,もう少し言語的に見ていきましょう。
すこし世界を古代インド哲学に向けてみると日本における「あかさたな」はサンスクリット語では「अ क च ट त प(a ka ca ṭa ta)」となります。
ちょうど「さ」が「ca,チャ」に対応してるんですね。興味深いです。
僕なりの見解
さて,話を一歩先に進めましょう。
僕の興味はなぜ親しみを持って敬称用語「たそ」は用いられているのかです。
日常の中で比較的抵抗感もなく使っているように感じます。なぜでしょうか。
ここで,僕は敬称用語ではない「たそ」の使い方を調べてみました。
元来「たそ」ということばそのものは中世の日本でも用いられています。
主に二つの意味で用いられていました。
①誰そ…代名詞「た」と係助詞「そ」による連語。誰ですか?の意(例として,徒然草「『かくのたまふは、たそ』と答ふれば」)
②黄昏…古くは「たそかれ」。「誰 (た) そ彼 (かれ) は」と、人の見分けがつきにくい時分の意
この2つの「たそ」の共通項として「人の区別がつかない」,つまり境界線があやふやであると言えることはできそうです。
「このようにおっしゃるのは誰ですか」とたづねる時はもちろん誰なのかわからないからだし,黄昏には人の顔も時には誰か判別できなくなりますよね。
だいぶトートロジカルな言い回しをしてしましましたが,つまり何が言いたいのかというと,現代における敬称用語「たそ」は「人」と「人以外」の区別を明確化しない日本の価値観の1つが入っているのではないか,ということです。
前述したように敬称用語「たそ」はネットスラング出身の接尾語。すなわちオタクたちが覗いていた画面の向こうのアニメキャラクターに「たそ」をつけていたという予測は比較的簡単です。
予測が正しければ,僕の見解は否定できなくはないなと思います。
日本人は「擬人化」も得意ですしね。なにかと人と人以外の区別を重視しないのかもしれません。
もしかしたら「実世界」と「虚無」の世界の区別も曖昧で,「虚無」にたそをつけるかもしれません(例,虚数たそ(きょすたそ))。
少し長くなってしまいましたが,今日はここら辺で筆を休めたいと思います。
それでは,また。