朝井リョウ再読(『何者』・『時をかけるゆとり』・『世にも奇妙な君物語』・『ままならないから私とあなた』・『死にがいを求めて生きているの』)

高2生か高3生のときに、『何者』という映画を観に行った。

この映画には佐藤健有村架純菅田将暉二階堂ふみなど,今の日本俳優界の宝石みたいな人たちが出演していて,よく覚えている。

しかし『何者』という映画の内容自体も忘れることができないものだった。

 

もちろんこの映画の原作は朝井リョウの『何者』(新潮文庫,2015年)〔初出,2012年〕である。

朝井リョウは『何者』で2013年の直木賞を受賞している。

彼は男性では史上最年少の直木賞受賞者であったこともあり(『時をかけるゆとり』268頁参照(光原百合による解説)),世間からの注目を集めた。

僕も彼に興味を抱いた理由はこの点だし,なんといったって彼が平成生まれであることが大きい。

朝井は平成元年生まれで僕は平成10年生まれである。

親近感が湧くの一言に尽きる。

今日は朝井リョウの本の面白さについて書いていきたいと思う。

ちなみに朝井リョウの本自体を読み始めるようになったのは大学生に入ってからである(映画『何者』を観た当時は僕は三島由紀夫だったり川端康成を呼んでいた)。

 

文体・作風

まずはカタカナが多いことが指摘できるだろう。

これが文学理論でどう評価されるか分からないが,とにかくカタカナが多い。

登場人物が聴き慣れていないことを表すためにカタカナを使うことはよくあると思うが,彼の場合よく知っている言葉にもカタカナを用いているのが再読して気になった点である(『死にがいを求めて生きている』は大分その癖は無くなっている)。

朝井リョウの作品には若者が多く登場してくるため,彼ら(若者)が発しているであろう本当の発音を大事にしているのかもしれない。

もしくはいい塩梅でひらがな・漢字・カタカナを意識して配分しているのだろうか。

対象物をかなり細かく描いていることも特徴なのではないだろうか。

それでいて冗長すぎないこと。

すなわち,要領を得た・分かりやすい説明。

やっぱ早大だし頭いいんだなぁとか思っちゃう。

 

次に彼の作品はメタな視点だったり「正しい」視点(『ゆとり』光原解説は「一歩引いた視点」(269頁)としている)を1人の登場人物(たいていは主人公)が持つことが多い(例えば『何者』・「レンタル世界(『ままならないから』所収)」・『死にがい』)。

そしてその視点そのものをぐらつかせるのが朝井リョウ節なのであろう。

この視点が崩されたからといって朝井リョウは何もそれに変わる新しいメタ視点を提供してくれない。

この〈どうしようのなさ〉こそが朝井リョウの作風ではないだろうか。

もっとも,この〈どうしようのなさ〉は現実世界を必死にもがく人たちで掘り崩されていくわけであるから,これが面白い。

メタな視点のメタという特権が剥ぎ取られてしまうわけだから,主人公はもはや他人を嘲笑ったり(『何者』),自分の考えの浅はかさを認めざるを得なくなったり(「レンタル世界」),葛藤そのものを「死にがい」としていることを自覚したり(『死にがい』)せざるを得なくなる。

朝井リョウは〈どうしようのなさ〉が露呈した後の主人公たちを数ページの描写に留めて筆を置く。

 

以上が僕が感じた朝井リョウの特徴だろうか。

読んできた本はどれもいろんな面があって面白い。

簡単に紹介していこうと思う。

 

何者

『何者』は就活生にとっては天敵のような本であることは間違いない(にもかかわらず,最近Aさんが『何者』を読んでインスタに感想を載せていたのは驚いた)。

「就活(シューカツと書いた方がいいのか)」とツイッターを題材にした物語で,その中で起きる登場人物たちの葛藤が描いてある。

テングになっているが,就活が思うようにうまくいかない人(拓人=主人公),バンドバカだが要領よく就活を終える人(光太郎),純粋で親のために頑張る人(端月),いわゆる意識高い系で,形ばっかりの人(理香),シューカツに対し白い目を向けて,お高く止まっている人(隆良)。

僕はどちらかというと隆良のポジションにいるかもしれないけれど(だからといって口が裂けても就活する人たちをバカにできない),彼らのもがく姿を見ていると頑張ることの滑稽さに気づいてしまうかもしれない。

でもそうすることしかできない。

その意味で怖い作品である。

 

時をかけるゆとり

『何者』とは打って変わって朝井リョウのふざけ具合がにじみ出ている。

おそらく大学生になって初めて読んだ朝井リョウの作品はこれだったのではないか。

『ゆとり』と映画で描かれていた『何者』とのgapに驚いた記憶がある(そして今に至る)。

この本は朝井リョウ自身が経験した面白エピソードである。

とにかく笑えるので是非読んでほしい。

やっぱり彼は文章を書くのがうまい。

彼の体験が面白すぎることが憎らしささえ感じてしまうほどである。

 

世にも奇妙な君物語

朝井リョウ曰くテレビ番組の「世にも奇妙な物語」を書きたかったから書いたという。

個人的に好きな物語は「リア充裁判」(Aさんは5話「脇役バトルロワイヤル」が好きだといっていた。第4話も痛快である)。

この短編集の面白いところは超常現象(あるいは極端にグロテスクな世界)が起きていること。

完全なフィクションの設定だから〈どうしようもなさ〉は後退して奇妙さが出てくる。

ちょっと変化球の短編集だなと感じた。

 

ままならないから私とあなた

これはまさに朝井リョウの小説らしい小説だとおもう(確かHさんに勧めた)。

朝井リョウ節炸裂である。

まず最初の「レンタル世界」は主人公の先輩に対する信頼が固定観念に変わってしまい,逆に先輩がそれに苦しめられているというもの。

ここは是非とも読んでほしいが,面白いのは最初は読者も主人公の視点に立っていることである。

だから単純な構造として話を理解してしまう。

しかし最後にとんでもない仕掛けがなされる。

「ままならないから私とあなた」は人間の不合理さ,〈どうしようもなさ〉を描こうとしているんだなと熱意が読んで取れる。

 

死にがいを求めて生きている

「死にがい」という言葉は聞き慣れない。

しかし「死にがい」は後になって聞いてくるスパイスみたいなものだ。

この本には北大が出てきていて,ラーメン大将や教養棟,恵迪寮など北大に馴染みのある言葉がよく出てくる。

その点も楽しみの1つだろう。

山族と海族という2つの部族から世界が成り立っており,両族は衝突するという設定(「螺旋プロジェクト」)で物語は進む。

この事実を受け入れたくない南水智也は弓削晃久と小学校の頃からの友達である。

しかし転校生の前田洋一にとってなぜかれらが仲がいいのかよくわからなかった。

このことが次第に訳がわかってくるのがこの本の面白いところである。

その中で朝井リョウ節も出てくるのがまた面白い。

 

ネタバレとかを考えて詳しく書くことはしなかった。

朝井リョウの作品を読んだ人には共感できるところも多いだろうが,読んでない人にはさっぱりかもしれない。

朝井リョウの本を読んでみて感想などをくれたら幸いである。