「生ける法」再考

Ⅰ 「生ける法」再考


 エールリッヒの「生ける法」は日本の法社会学に大きな影響を与えてきたとされる(村山=濱野,2019:5頁)。では,いかなる影響を与えてきたのだろうか。ところで,近年,ヨーロッパを中心にエールリッヒの「生ける法」概念を再考する動きが見られる。エールリッヒの『法社会学の基礎理論』(1913年)が世に出て100年以上経た今なぜ現代のヨーロッパで「生ける法」が注目されているのか。これらを踏まえながら「生ける法」の現代的意義について考えていきたい。具体的には,まずエールリッヒの法社会学理論を振り返り(Ⅱ),日本で「生ける法」を輸入した末弘厳太郎と戦後法社会学を率いた川島武宜らの「生ける法」の用いられ方を分析し(Ⅲ),オランダの法社会学者Marc Hertoghの法意識論を概観し(Ⅳ),現代において社会変動の局面での「生ける法」の分析は法変動にも示唆を与えることを論じていく(Ⅴ)。


Ⅱ エールリッヒの法社会学理論


 エールリッヒは当時支配的だった,法律学は論理的完結性からなる法ドグマティークの抽象的演繹的論理の操作であるとするドイツ私法学の法律観に対して,現実社会の法律関係に対応すべく「法の欠缺」を補うために裁判官が法の創造機能を有していること,そして現実の社会は個々人が帰属する社会集団の「生ける法」が存在し法律(「法規」)は派生にすぎないことを主張した(エールリッヒ,1984:18頁など)。このために,エールリッヒは法の存在形態として「生ける法」・「裁判規範」・「法命題」の3つを挙げる。「生ける法」(「生きた法」とも訳される)とは個人が一次的に帰属する社会団体で妥当しており,実生活を支配している内部秩序である(同:34,487頁参照)。「裁判規範」とは,生きた「行為規範」そのものとは峻別された,しかし「法規」の欠缺を補うための,創造的な「平和のための秩序」であるとされる(同:115-116頁参照)。「法規」とは,言語によって表現され,権威的やり方で告示されるが,「法規則が制定法や法書の中でたまたま一般的に拘束力のある形で書かれたもの」である(同:34頁)。いわゆる伝統的な法的三段論法の「大前提」である。

 この「生ける法」と「裁判規範」と「法命題」の相互作用モデルがエールリッヒ理論の骨子である。これを言い換えると,そしてエールリッヒの言葉を使うならば,「法発展の動因は,あらゆる時代におけると同様に現代でも,立法や法律学や司法にではなく,社会そのものの中にある」(同:1頁),となろう。

 エールリッヒ理論の特色は第一に,「概念法学」と呼ばれるような論理だけの世界から飛び出し,社会との関連を見出し法規の基礎付けをしようとした点である。例えば「生ける法の起源」としての,そして「法制度の発展の動因諸力」(同:77頁)としての「法の諸事実」の指摘がそれである。エールリッヒによると,生ける法の事実は慣行・支配・占有・意思表示に還元されるという(同:78頁)。

 第二に,「裁判規範」に社会的正義との連関・裁判官による法創造を他ならぬドイツ法学圏で認めた点もエールリッヒ理論のオリジナリティだろう。また,裁判官の法の創造性を認めたからと言ってM・ウェーバーが示した「合理的・形式的」な裁判(ウェーバー,1974:100-106頁)がなされないかというとそうではない。エールリッヒによると,「裁判規範」には社会的心理に基づいた「裁判規範不変の原則」があり,もし同一・類似の事案が裁判に持ち込まれたら,裁判官は「裁判規範の発見という作業に常に伴う精神的負担」を担わずに済み,当事者も「限られた範囲ではあるが,いかなる判決が下されるかということを前もって予測し,これに従って人々があらかじめ行為することを可能とする」から同一の判決を出すという(エールリッヒ,1984:120-121頁)。もっとも,エールリッヒは新しい裁判規範は類似の事案に対し元の規範の適用範囲を拡大したり内容を修正したりしても裁判規範不変の原則に従っているとされ(同:122頁),その一方で社会変動による正義の変化に対応して正義が要請する裁判規範を発見することが課題としている点で(同:205頁),理念型であるにせよ合理的・形式的な法における裁判官を「法律条項の自動御販売機」(ヴェーバー,1982:353頁)とするウェーバーとの間では少し距離があることには留意すべきであろう(注1)。

 第三に,法規や法的思考と日常生活の規範・社会の「生ける法」との間のgapを法学者であるエールリッヒ自身が感じ取り,これを学問にしようとした点が他ならぬエールリッヒ法社会学の特色であろう(注2)。Roger Cotterrellはエールリッヒ理論の特色を,中心化された法規範と周辺化された「生ける法」の相互作用のダイナミズムを提示し,法専門家の感覚や安心のまさに核心部分に対する揺さぶりを狙ったものだとしている(Cotterrell, 2009: pp.76-77)。この試みが実際にどれほど成功しているかは分からないが,少なくとも自省という法学が有する側面を言い当てているように思われる(注3)。

 エールリッヒ理論は日本の法社会学に大きな影響を与え,現代のヨーロッパで再評価されるに至る。これらの様相を見ながら,すなわち日本においてどのように「生ける法」が受容されたか(Ⅲ),ヨーロッパにおいて「生ける法」がどのような点で再評価されているか(Ⅳ)を概観したうえで現代社会において「生ける法」を論ずる意義は何なのかを考えていこう。


Ⅲ 日本での「生ける法」探究


 エールリッヒ理論が日本で受容される土壌があったことは想像に難しくない。というのは,日本は欧米列強に追いつくために従来有していた規範とは根本的に異なった近代法を輸入・継受し,そもそも制定法と現実の社会との間の原理的なgapが当初から内在して存在していたからである(六本,1986:141頁参照)。これに加えて,もう一点ドイツと異なる点が存在する。それは日本では法学という学問が不在であったことであり,それゆえに母法国であるフランスやドイツ,イギリスなどから法学そのものを輸入しなければならなかったことである(内田,2018:29頁)。この日本特有の事情が,エールリッヒの「生ける法」が当初は専ら民法学的方法論に対して影響を与えたに留まったと考える。ここでは,末弘厳太郎(戦前)と川島武宜ら(戦後)の間で「生ける法」が異なる目的で用いられていることを示しながら(注4),日本において「生ける法」がどのように理解されたかを見ていく。


⑴戦前

 末弘厳太郎の研究バックグラウンドはそもそも当時主流であったドイツ流の法律学であるが,第一次世界大戦の影響でドイツではなくアメリカに留学することとなり,コモン・ロー流のケース・メソッドに触れ,感銘を受けたという。川島武宜の言葉を借りるならこのアメリカ留学という「学問上のショック」により「ドイツの解釈法学とお別れ」した(川島,1964:247頁)。そしてこれを皮切りに末弘が実際に「法がどのように作動しているか」という学問的関心を持つのは当然の流れである。

 アメリカ留学の影響として,末弘が1921年に「民法判例研究会」を組織したことが挙げられる(七戸,2018:191頁)。しかしながら末弘にとってアメリカ留学で学んだ法学教育としてのケース・メソッドの影響が絶大であっただけに,かえってすぐさま現実社会の「生ける法」探究には至らなかった。これがなされたのはむしろ晩年であり,1940年の「北支那慣行調査」である(同:215頁)。そこでの末弘の調査の目的は「中国社会に行はれている慣行を明らかにすること」(末弘,1952年:18頁)であり,これは後述の戦後法社会学へと接合していくと考えられる。

 とはいうものの,やはり末弘の研究の全体を通してエールリッヒの「生ける法」の影響というものは見逃せないとされる(村上,2013〔1997〕:76頁)。というのは,末弘はアメリカ留学後に1919年にドイツに留学し,エールリッヒに会っているからである(潮見,1975:342頁)。平野義太郎によると,末弘はエールリッヒから「生ける法」を探究しなければならないこと,「裁判規範」と「行為規範」を峻別しなければならないこと,ドイツ法典がドイツの社会秩序ではなくローマ法から継受されたものであるから抽象的で一般的なものであることを重要問題として受け取ったという(平野,1951:6頁)。しかしながらこの「生ける法」概念は実定法学の次元ではパウンド流の“Law in action”と見なされていた可能性は否定できない。すなわち,当時黎明期であった日本の「法律学の研究方法として,制定法のみでなく,生きた法を示してくれる判例をも研究すべきだということを提唱して,学界に大きな新風を吹き込んだ」(六本,1986:142頁)とはいえるが,「生ける法」の観察は専ら「社会統制」のための手段に過ぎず,それゆえにまさにエールリッヒが提唱した科学としての法社会学は前景化していないように思える。言い方を変えると,末弘はエールリッヒの事実面での社会学理論をべき論として誤解したとはいえないにしても,もっぱら「裁判の中の生ける法」の観察に留まったと言えるだろうか(注5)。


⑵戦後

 これに対して戦後法社会学は社会現実に作動している規範の観察がなされることになる。ある意味純粋な法社会学という学問領域の確定となるわけである。

 「生ける法」の観察として主に対象になったのは入会である。日本の民法では,入会権については共有の性質を有する場合は地方の慣習に従うほか共有の規定を適用するとし(民263条),共有の性質を有しない場合は地方の慣習に従うほか地役権の規定を適用するとしている(民294条)。そして学説は入会権の性質を総有とされる(淡路ほか,2017:153頁)。この総有という概念はドイツ法学から来ているものだが,実定法学上の知識がそのまま現実で当てはまるわけではない。例えば,戒能通孝は小繫部落の入会確認訴訟における裁判官の入会に対する理解の欠如を嘆く(戒能,1964:37-38頁)。このような状況のもとに入会の実態調査に法社会学が触手を伸ばすのは自然なことである。

 とはいうものの,戦後法社会学が「生ける法」の観察以外の目的を持っていなかったかというと,そうとは言い切れない。実際に,川島武宜は「現実にわれわれがおかれているところの日本の社会における非近代的諸関係〔・・・〕の止揚」を「現実的課題」としている(川島,1949:3頁)。また,渡辺洋三は(狭義の)「生ける法」を「不完全な未成熟な形態においてであるにもせよ,ともかく右の二つの契機〔=「政治的権力による強制と,客観的ルールによる支配」〕を,その萌芽として自らのうちに内在せしめている社会規範」とする(渡辺,1959:162頁,〔〕内は筆写補足)。そして,入会の研究課題として農民の慣習的権利の変化とその程度を事実に即して整理することであるとする(同:278頁)。

 川島の弟子である六本佳平によると,戦後法社会学の代表格であった川島の「生ける法」研究の背後には,「生きた法はやがては実定法の内容ないしその作動や運用に反映されるのであり,生きた法が近代的なものへと変化すれば(あるいは,変化するように人為を加えてやれば),その間接的な結果として国家法の内容および作用も近代的なものになるという理論的想定がある」とされる(六本,2007:255頁)。しかしながら,そして六本自身も断っているように,戦前の法社会学(末弘法学)との違いを理念的に対置した表現であるから必ずしも正鵠を得ているとは言えない。正確には,一方では戦後法社会学は事実の観察がされており,他方でそれを権利義務関係に還元した規範的な記述がされている。要するに,少なくとも「生ける法」探究では規範的観察(民法学)と事実的観察(法社会学)の混濁が発生したと見るべきだろう。

 以上のように,日本では「生ける法」がより良い政策形成や司法の予測のためにある意味ドグマティックに用いられたり(末弘),あるいは「生ける法」自体の近代化のために「生ける法」が有する前近代的な諸要素の社会的条件の探究(川島)の志向がなされた(六本,2007:255-256頁)。戦後の法社会学は「社会学法律学」から分化した科学的な法の基礎付けをその本分とされ,実際に「生ける法」の観察や規範成立の経験的・理論的研究がなされたものの(注6),川島を中心とした近代化への志向は否定できず,その意味で規範的な価値判断が「生ける法」の探究の動力源になったといえる。


Ⅳ Hertoghによる“Reconsidering Ehrlich”(注7)


 では,「入会の解体」が象徴するように「生ける法」が消えつつあるのだから,現代の日本では「生ける法」を論ずる意義はなくなったのだろうか。この問題は以下,ヨーロッパを中心にした「エールリッヒ再考」の動きとしてMarc Hertoghによる法社会学研究を概観した後に考えていくことにしよう。

 まず,Hertoghはエールリッヒ理論の弱点としてエッセイ体であり体系だったものではないこと,「生ける法」概念の曖昧さゆえに論争が生じること,規範と事実を混合していることが挙げられていると指摘する(Hertogh, 2009: pp.4-6)。その上で現代にエールリッヒが通用する理由として,第一にエールリッヒの法が必ずしも国家に結びついているわけではないという主張が,今日重要性を増している国際社会ないしトランスナショナルの文脈での法多元主義の研究により支持されていること,第二に,法や他の社会規範の社会的重要性を分析する上で人々の感情や反応は重要であるという考えは他の研究領域と共鳴をなすことをあげる(ibid.)。

 Hertogh自身は法意識研究をする上でエールリッヒを古典的仮説にしているかの如くである。Hertoghによると,エールリッヒの「生ける法」概念は市民の法意識を理解する上で重要であるという(Hertogh, 2018: p.16)。また,従来マルクス主義の局面で用いられてきた「疎外 alienation」を分析枠組みとして脱イデオロギー化させながら「法的疎外 legal alienation」がいかに成り立っているかをオランダでの事案を基に実証する。題材は,「学校の教育方針と非差別法」(Ch5)・「請負業者と競争法」(Ch6)・「現場の行政と公法」(Ch7)である。その中で,従来の法意識研究ではこのような市民が持つ法に対する違和感・不満感を説明できないとして,新たな方法論としてエールリッヒの「生ける法」を基礎に置く。

 現代の「生ける法」を考えるにあたって興味深いのは,Hertoghが自らの法意識研究を従来のイデオロギー的な法意識研究とは区別されたものであることを示す際に,ロスコー・パウンドとオイゲン・エールリッヒを対比的に論じていることである(注8)。Hertoghによると,パウンドと従来の法意識研究が「どのように人々は(公の)法を経験するか?」という問いが主眼となっているのに対して,エールリッヒは「人々は法として何を経験するか?」という問いがなされているとする(See, Id.: pp.67-70)。そしてパウンドの問題意識に加えてエールリッヒの問題意識も法意識研究の問いであるとされる(Id.: p.69)。

 また,Hertoghが抱いている「生ける法」像も,戦後の日本の法社会学が題材としてきた入会であったり内縁といった日本の伝統的な慣行が(もちろん全てとは言わないが)主眼であり,現代において法の影響を実質的に受けていない社会構造上生じた規範というものになっている。例えばHertogh(2018)のChapter 5では法機関が示した法的な平等と,社会構造上の差別への克服のために教育現場が生み出した慣行・平等観の間に生じるgapを描き,市民が抱く法(機関)に対する違和感・不信感にスポットを当てている。

 以上のように,Hertoghは社会における法の異質感や市民が抱く法に対する疎外感を論じる上で上で,従来の法意識研究から距離をおき,「なぜ人々が法に背を向けるのか Why People Turn Their Back to Law」(See, Id.: p12-15)を説明するためにエールリッヒの「生ける法」概念をいわばスローガン的に復活させたということができる。要するに,Hertoghの「生ける法」概念は日常生活により形成された規範・正義観念というものであり,法意識研究ということもあって法発展の起源を社会そのものの中に見出すという上述のエールリッヒの社会学理論の骨子とはやや異なっていると考えられる。しかしながら,法が社会の中にありながらも有している社会とのgapであったり法的思考と日常生活感覚との乖離といった問題はより洗練された形でHertoghに継承されたと言えるだろう。


Ⅴ 「生ける法」の現代的意義


 Hertoghの法意識研究が示唆するものをここでは2つ挙げておく。

 第一に,ヨーロッパ圏の法社会学者が忘れ去られていたエールリッヒの「生ける法」概念を現代社会における法と社会のgapを分析するために用いたことは注目するべきだろう。Hertoghによると,オランダは質の高い法遵守がなされている国とという認識が伝統的であった(Hertogh, 2018: p.28)。にもかかわらず法に対する認識が低かったり(例えば,民事裁判と刑事裁判の区別ができていないなど),現実社会の正義感覚と法がずれていることによる法に対する疎外感が量的調査・質的調査のどちらでも支持できる事実が突き付けられている。このことを真摯に受け止めているが故に,改めてエールリッヒの古典的研究に「先祖帰り」していると言える。翻って,日本の法社会学ではこの法と社会のgapというものはある意味当たり前の認識であった。むしろ,このgapを埋めることが目的とさえされていたのは過言ではない。上述の通り,特に戦後法社会学は近代化への社会条件といった近代志向により動かされていたというのは否定できない。戦後法社会学のリーダー的存在であった川島は『日本人の法意識』の中で「人々は,よりつよく権利を意識し,」「その手段として,より頻繁に,訴訟=裁判という制度を利用するようにな」り,近代的な法意識は「歴史の進行」に従い成立するだろうと「予言」する(川島,1967:202-203頁)。この予言がどれだけ成就しているかはさておき(注9),川島が近代社会のモデルの少なくとも1つとして想定していたであろうヨーロッパ社会においてもなお法と社会のgapがあることをヨーロッパの法社会学者自身が分析したことは注目すべきである。

 第二に,日本の戦後法社会学で探究されていた「生ける法」が伝統的な社会的慣習であったのに対し,Hertoghのいう「生ける法」はより日常的な,あるいは都市における社会規範・市民感覚のようなものに近いことは,法社会学の自省的な側面をよく表していると考えられる。Hertoghにとって,エールリッヒの法社会学理論はなんら規範的なものではないし(Hertogh, 2009: p.7),まさに脱イデオロギー化した法意識研究そのものが目的となっている。このことは,社会システム論の表現を借りれば,近代において機能的に分化し,自律した法システムの自己準拠性ゆえの産物ということになろうか(ルーマン,2003)。すなわち,法システムの外部にあり,法的コミュニケーションに直接には接続しない環境世界(日常世界と言い換えてもいいかもしれない)を記述することにより法システムは自己のコミュニケーションを反省しているということが観察できる。いずれにせよ,従来の日本とは異なった文脈で「生ける法」が用いられていることは注目すべきである。

 以上,「生ける法」概念の展開を見てきた。日本の従来の「生ける法」の用いられ方を戦前と戦後に分類しながら,従来の日本の法学では「生ける法」は「社会統制」であったり「近代化」といった規範的な目的が混ざりながら用いられてきたことを示した。また,それに対して近年ヨーロッパで再考されている「生ける法」概念に規範的含意は介在しておらず,法意識研究の局面で市民が有する法知識・法態度を見ながら従来支配的であった「法の万能性」を否定し,反省する局面で用いられたことを示した。 

 しかしながら,日本での従来の「生ける法」探究とは異なる局面を見せていることは明らかである。むしろ,近年の日本の法社会学研究と親和的である。例えば,郭薇(2017)は刑事訴訟法の重犯罪の公訴時効制度が2010年の改正に伴い廃止されたことが,法律家のみの法的コミュニケーションだけでなく,メディア・被害者のコミュニケーションによりなされたことを明らかにしている。そこでは十分な法知識を有していない被害者が「被害者の処罰感情」をメディア報道を通して発信しているとされる(同:199頁)。あえてHertogh(2018)の分析枠組みに乗るとすれば,この「被害者の処罰感情」は,法的コミュニケーションとパーソナリティや世論が有する価値とのgapによる「法的疎外」の一形態(“legal value-isolation”)として説明できるのではないか(See, Hertogh,2018:p.56)。そして仮に被害者遺族感情やメディアの言説が「生ける法」に包含されるとするならば,法変動要因として「生ける法」は分析概念として機能する余地があるのではないだろうか。

 また,法変動の一要因として「生ける法」が働くとするならば,「生ける法」生成の社会的条件を探ることも法社会学的な問いとして依然生じる。Hertogh自身は明示していないものの,Hertogh(2018)が提示した3つのケース・スタディは都市マイノリティの包摂(Ch5),グローバリゼーションによる国内の混乱(Ch6),スラム街の再開発・セグリゲーション(Ch7)といった現代社会的な問題が背景となっている。このことは現代社会と法の関係が法社会学的な問いとして改めて投げかけられていることの証左ではないだろうか。そして,いざ現代社会と法の関係を問う際に現代社会論が提示する様々な社会像を吸収するのは有用であろう。現代社会(後期近代社会)の見立てとして,例えば有限な資源と無限の欲望に直面し生きるリアリティが解体されていく社会(見田,1996及び見田,2018),究極の個人化=超近代を迎えてもはや「社会」というものが喪失した社会(Castel, 2009),公共性が融解し,場所的制約がなくなり大量消費が爆発的になされる「液状化した liquid」社会像(Bauman, 2012〔2000〕),文化的に包摂されているが構造的な排除が伴う社会(ヤング,2019〔2008〕)などが提示されている。

 もちろん,これらの社会理論が(特に日本において)妥当かどうかは議論を要するし(おそらくいずれの社会理論も現代社会の一面を捉えているが,取り残している側面があるのではないか),直ちに法の領域の問題となるのは難しいであろう。ただ,現代社会におけるグローバリゼーションや過剰排除といった社会変動が現実世界の生活様式に影響を与えているならば,その中で営まれている「生ける法」もまた変動していると考えられる(注10)。社会変動と伴った「生ける法」の変動は法社会学の1つの研究対象になるのではないかと考える。より法社会学の文脈に引きつけていうならば,法の「応答性」(Nonet & Selznick, 2001〔1978〕: p.74)の社会的条件として現代社会の「生ける法」を探ることも出来そうであると筆者は考えている。

 もっとも,上述のようにHertogh流の「生ける法」は社会からの要請や日常感覚を「生ける法」といっているに過ぎないのかもしれない。しかしながら,「生ける法」が与える法と社会の乖離という事実は100年以上経っても色褪せていない。少なくとも,ヨーロッパでの「エールリッヒ再考」の動きはこのことを如実に伝えるものであると言えよう。 

 

1)ただし,ウェーバー近代法の発展に従い形式的な制定法に対して階級利益や政治的要請,「素人たち」の要求,法曹身分自身によるイデオロギーといった,法が「法実務は利益紛争の平和的な解決手段以上のものでなければならないと考えるすべての諸力によって,反形式的な軌道の方向に駆り立てられている」(ウェーバー,1972:534頁)としていることは気に留めておかなければならない。

2)エールリッヒ自身は上述のように「法の諸事実」に全ての生ける法の起源があるとするがこれは現代に生きる我々にとって満足な回答とは言えない。例えばエールリッヒは「法の諸事実」の1つに「意思表示」を挙げるが(エールリッヒ,1984:78頁),この指摘にいわゆる「法学バイアス」が入っていることに現代では異論はないだろう。

3)だからこそ,現代ドイツの法学者G・トイブナーは「法化」社会での法の逆機能に対処するための処方箋として,「法の自己制限」による間接的な社会制御の規範構想として「自省的法 reflexives Recht」という規範構想を掲げているのだと考える。20世紀末のドイツにおける「法化」論争とトイブナーの「自省的法」について,村上(1990)参照。

4)この分類は六本(2007)に倣った。

5)See, Vogl(2009: p.107).もっとも,末弘がエールリッヒの「生ける法」を誤解していたとは断言することは出来ないだろう。というのは,末弘は国家ではなく社会における決まり(例えば「この部屋の中で煙草をのんではいけない」)を「法律」としているからである(末弘,2018〔1952〕:67頁)。

6)規範成立の研究として,例えば経験面では千葉(1970),理論面では棚瀬(1973)。

7)Hertogh (ed.)(2009)の副題でもある。

8)もっとも,アメリカの「法と社会」研究でもMacaulay(1963)のように,経済生活を営むにおいて(主に制裁手段としての)法の不在を示した古典的業績があることには注意をしておかなければならない。

9)さしずめ,六本(2004)参照。

10)尾崎(2017)は現代社会=複合的分断社会における法の「応答」の可能性・限界を論じており,示唆に富むものの,総論的な概説に留まり,まだ理論的議論は尽くされていない。

 
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