学振DC1申請書採択体験記

 この季節になると,修士2年の会話で「学振」の話題がのぼるだろう。「学振」とは,日本学術振興会特別研究員のことである。簡単に言えば,月額20万円の奨学金と,最大年間150万円の研究費が支給される身分のことを指して,「学振」なり「DC1」という言葉が飛び交う。学振特別研究員として採択されれば,博士課程の学生をやりながら,ある程度のお金がもらえるという仕組みである(注1)。このために,修士2年は「とりあえず出しておく」というのが一般的なのではないだろうか。少なくともこのブログを書いている僕はそういう気持ちであったと思う(というより,5月の学会報告の準備と申請書の執筆時期が重複していたために,そういう気持ちでしか書くことができなかった)。

 しかし学振特別研究員として採択されるのは思ったより少ない。2022年度のDC1採用率は全体で18.5%にすぎないのだ。分野により多少の差はあれど,大体採用率は5分の1を切る。大学院生にとってお金のやりくりは死活問題であるために,「とりあえず」みんなしっかりとやるのが通例だろう。

 どうすればしっかりやれるのだろう。どうすればしっかりした申請書を出すことができるのだろうか(しっかりした申請書でも採択されないことはザラにある)。このブログでは柄にもなく,すごく「ホット」で,みんな読んでくれるであろう学振DC1について書いていこう。しかし「こうすれば良い申請書になる!」であったり,書き方のコツといったものは,教えられない。あくまで一個人の経験に限定されるが,学振DC1として採択された人間として,こういう感じで書いたということを振り返って(Ⅰ),そこから言えることはないか(Ⅱ),考えてみたい(注2)。

 

 

Ⅰ 申請書執筆体験

 

 ここでは自分が去年どのような過程で申請書を書いたのか,時系列順に見ていこうと思う。大きく⑴執筆準備期,⑵執筆期,⑶提出期,と分けられそうである。

 

⑴執筆準備期

 執筆準備期とは,申請書のファイル(「申請内容ファイル」という)を手にいれ,申請書を執筆する準備をする時期を示す。申請書内容ファイルは日本学術振興会のHP(募集要項(PD・DC2・DC1) | 特別研究員|日本学術振興会)からダウンロードすることになる。申請内容ファイルは毎年2月あたりに発表される。ところで,学振の申請は所属している大学を経由してなされる。大体の大学研究機関は,HP等で学振特別研究員の募集案内を掲示するだろう(少なくとも東京大学大学院法学政治学研究科はそうである)。この掲示は3月の末になされていた。このように,学振HP上の申請内容ファイルの公開(2月上旬)と,大学HP上の学振特別研究員の募集(3月末)の間にはラグがあり,執筆準備期は人によってまちまちであるかもしれない。だが自分の場合は,大学から募集が掲示された3月下旬であったように思われる。

 執筆準備期にやったことは,申請書を提出するために日本学術振興会の専用電子申請システムに登録をした,ぐらいではないだろうか。申請書を提出する環境を整えていた,という感じだったと思う。

 

⑵執筆期

 執筆期とは,申請内容ファイルを執筆する時期を指す。しかしこの執筆期には,文字通りの執筆にとどまらない作業も含まれることが通常であろう。それは例えば,他の人に申請書を見てもらいコメントをもらったり,学振に採択された先輩の申請書を読んだりする,などである。つまり申請内容ファイルを書いてすぐ提出!というわけではなく,より良いものにするために,他の人のものを読んだり,他の人からコメントをもらう形でフィードバックを自覚的にもらうことも執筆期の重要な作業である。上の3つの時系列区分の中で中核的存在なのが,この執筆期である。

 時期としては4月上旬から5月中旬ぐらいまでだろうか。この時期では,同期の院生と顔を合わせたらすぐに学振の話をしていたと思う。ただ自分の場合は,結局同期に申請内容あファイルを見せるというようなことをしなかった。それは1つには,専門分野がかなり異なる──法学と政治学とでは毛色も申請区分も異なる──ということにある。もう1つには,あまりたくさんのコメントをもらっても,それを十分に消化する自信がなかったからである。結局申請内容ファイルを見せたのは,指導教員と,DC1に採択されファイルを見せていただいた先輩,そして社会人である友人,の3人ということになる(自分で書いた申請内容ファイルの3人からのコメントは後述)。

 僕の場合,執筆期は学振に採択された先輩にファイルを見せて欲しいとお願いをしたことから始まる。これを参考の1つにした(ただし同じ専攻分野であったため,差別化を図るために苦労した)。もう1つは,ポスドク(当時)の人が,学振についてかなり内容のある動画をYouTubeで配信していたので,それをもう1つの参考にした。毎年「学振必勝講座」(学振“必勝”講座・2023 - YouTube)なるものを出しているので,参考にしてほしい。

 このユーチューバーの言葉を借りると,学振DCは「夢を語る場」である。研究への熱い思いを,読みやすく理解可能な文章で書くことを心がけた。

 「読みやすく」とは──主語と述語の関係がはっきりしている文を書くのは当然であるとして──,段落単位で美しい構図が浮き彫りになる文章だと考えている。おそらく「パラグラフ・ライティング」を教える類の書籍に書かれているものである。

 読みやすい文章構成はいくつかタイプがあると思われるが,自分の場合は,例えば「研究の位置付け」──申請内容ファイルの一番最初に表示される,いわば「つかみ」の部分である──という項目では,①専門分野の基本的な問題意識を提示し,②その問題系の中で検討されてしかるべき問いが検討されていないことを指摘した上で,③研究しようとする問題を具体的に示した。専門分野の大きな問題意識に自分の研究を包摂するというスタイルで文章にすると,わかりやすい構図になるように思われる。わかりやすさという点でいくと,研究計画をチャートにして示す,という方法もある。申請内容ファイルでは研究計画をそれなりに明確に書かなければならない項目があるのだが,そこでさまざまな研究調査の関わりを視覚的に示すのはとてもわかりやすいのである。自分の場合はそれをする余裕はなかったのだが,研究計画をチャートにして示すと実現可能性があることを説得的に示すことができるかもしれない。ボックスや網かけを用いた申請内容ファイルも見られるが,自分は視覚的な情報量を多くしないように心がけ,強調したい部分にアンダーラインを引く,ぐらいのことしかしなかった。

 また,「理解可能な」ということも申請内容ファイルにとっては重要な観点になると思う。というのも,申請内容ファイルを審査する研究者は,自分の専門分野(例えば法社会学)に通暁した人とは限らず,むしろ専門領域(例えば法学)のさまざまな分野の研究者が審査に携わることになる。そのために,専門分野のニッチな話(だけ)をするのは──特に社会科学の分野では──わかりやすい内容とは思えない。専門化・細分化されているとはいえ,その学問領域──自分の場合では法社会学ではなく,基礎法学やさらには法学──における基本問題に対してどのように自分の研究を位置付けるられるか,が「理解可能な」申請内容が書けることのキモになると考えている。

 申請内容ファイルの理解可能性を高める1つの具体的な方法としては,最後の項目である「目指す研究者像」を具体的に書くということだろう。「研究者像」として挙げるのは,自分の専門分野以外の人であっても構わない。僕の場合であればドイツ法の村上淳一先生を「目指す研究者像」として挙げた。この点,具体的な名前を挙げない方がいい,という意見もあろう。そこは各々の判断に依存する。しかし自分の場合は,法学という専門領域ではわかりやすく理解可能な道標として村上先生は最適な研究者(の1人)であったために,具体的な名前を挙げた。誰もが理解可能で,その業績を否定できない人を分析的に描き,その研究者の問題意識と自らの研究が結びついていることを示れば,とても完結した申請内容ファイルになるだろう。

 もう1つ,理解可能なものにするためには,他の人に見てもらうことが決定的に重要である。自分の場合は,上述したように社会人の友人に見てもらった。自分自身就活をほとんどやったことがないが,おそらくエントリー・シートを書いて,面接をするというプロセスを経て,内定を勝ち取るという作業だろう。どことなく大学院の入試に似ている。学振の申請内容ファイルに関連するのは,エントリー・シートを書くという作業である。エントリー・シートは,自分をいわば売り込むための履歴書なので,相当わかりやすく説得的なものを提出するはずである。エントリー・シートが通り,そして大企業に就職した社会人に見てもらったは,そのノウハウを申請内容ファイルに活かすことができないだろうか,と考えたためである。もう1つ社会人に見せることで得られるのは,全く専門外の──というか学問からは隔たった世界に生きている──人にも伝わる文章が書けているかどうかチェックできることである。100%伝えるのは不可能であるとしても,ある程度理解できたという感想を貰えば──ただし忖度は良くない──,研究者が見ても自分の研究内容・目的等が理解可能になっていると推測できよう。学問的営為をわかりやすく社会に示し還元する,という日本学術振興会のモットーにも通じるところがあるかもしれない。

 この社会人の友人の他に,指導教員と学振に採択された先輩に見てもらった。指導教員からはあまりコメントされなかった(「計量社会学」が「軽量社会学」になっていることを指摘された,ぐらいか?)。先輩には,いくつかの添削をしていただいた。しっかり読んでくれる人がいることは大事だと思う。

 このようなフィードバックをもらって,申請内容ファイルを執筆した。結果として文書として矛盾のない,整合的なものが仕上がったと思う。

 

⑶提出直前期

 提出直前期とは,申請内容ファイルを提出する直前の時期をいう。これもいつ提出するかによりバラバラだが,大体が5月の中旬──締切直前──になるのではないだろうか。

 この直前期では,誤字・脱字がないかを徹底して検討した。自分の場合は,他の人に見せた後も加筆を加えた箇所があり,かなり頑張った。ただ学会の準備もあり,落ち着いてすることはなかったのではないかと思う。Ⅱで後述するが,むしろこのように適当なタイミングで切り上げた方が精神衛生上良いように思われる。

 

 

Ⅱ 含意

 

 これが,自分の申請内容ファイル執筆過程である。細かい部分でどのように書いたかを全て記したわけではないが,全体としてこのような過程で執筆した。この体験から,4つぐらいのことが教訓として言えそうじゃないかなあと思う。それは次の4つである。

 

⑴専門外の人に見てもらおう

⑵参考にしすぎるのは良くない

⑶整合性のある申請書にしよう

⑷改稿を重ねると良いものができるようになるとは限らない

 

⑴専門外の人に見てもらおう

 実際に審査するのは,自分の専門分野の二回りも三回りも外の研究者だと思っておいた方がいい。それを念頭に置くと,専門外の人に見てもらうのは重要である。自分の場合は,専門外というか大学の外の人に見てもらい,結果的に良い刺激になった。自分は就活をしていない。そこで,社会人──セルフ・プレゼンテーションを訓練した──に見てもらうのは1つの方法なのではないだろうか。わからないと素直に言ってくれる人がいいと思う。

 

⑵参考にしすぎるのは良くない

 特にDC1の場合は,初めてこのような申請書を書く人も少なくないだろう。不安になり,先輩の申請書なりアドバイスを片っ端から拾おうとする人もいるだろう。これ自体が悪いことではない。むしろそれらの情報を完全に消化することは,実はとても難しいことであり,大半の場合は消化不良に陥るのではないか,ということに問題があると思う。自分の場合は申請書執筆のアドバイスは,先輩の申請書と上述のユーチューバーからもらった。そして自分の申請書のコメントは,指導教員,先輩,友人の3人に絞って,いただいた。また,いただいたコメントも全て墨守したというわけではなく,最終的には自分の判断で修正をした。逆に言えばこの作業を以って初めて申請書へのフィードバックが達成されるので,大量にあると処理不可能になる,という仕組みになる。

 

⑶整合性のある申請書にしよう

 申請内容ファイルはいくつかの項目に分かれて,それを埋める形で執筆する。確かに研究内容と研究計画は関連させて書かなければならないことはわかるが,さらに後半の「研究遂行能力の自己分析」であったり,「目指す研究者像」も,前半と整合的に書く方が,読む側にとってわかりやすく理解可能性が高い。「研究遂行能力の自己分析」では,自分のできること/できないことを書くことになるが,自分でできることを問題関心や研究手法につながる形で書くことはできそうである。またできないことは,「目指す研究者像」とリンクさせて書くことができるだろう(なぜ目標とするのかが良くわかる)。このように有機的な申請書内容ファイルを目指すことが目標になる。

 

⑷改稿を重ねると良いものができるようになるとは限らない

 「良いもの」が何かは各々の判断になるが,期限いっぱいまでに書き直しをする必要はないと思う。自分にとってベストなものと納得できたら,それを提出した方がいい。一定回数改訂を加えていくと良くなっていくとは思うが,それは単調増加ではない。むしろ改悪ということに(気付かないうちに)なっていることもある。それに精神衛生上良くない。私見だが,他者からのコメントを踏まえて1・2回程度改訂すれば,大体自分のベストなものになるのではないかと思う。3回目以降の改訂で変わるのは基本的に細かい箇所であると思う。3回改訂して納得がいかないものであったら,改訂を重ねるよりも,思い切って白紙の状態から書き直した方がいいと思う。頭の中が自然と整理され,それにそこまで時間がかからず書き上がるのではないだろうか。

 

 これを全部守ったからといって,絶対学振が通るわけではない。これは「学振必勝講座」ではない。ただ,少しでも申請書を執筆されている方々の精神的負担が減れば良いなと思って,この記事を書いている。僕自身はこの申請書を書くのはとても楽しかった(修論よりも楽しかった)。というのも,文章を書いていくうちに自分の問題意識だったり,現在の学問に対する問題点が浮き彫りになってきて,自分の存在意義を確かめることができたからである。このような印象を持っていたので,他の人から学振の申請書を書くことは苦痛だったとか言われたときには,正直驚いた。それは,おそらくそれぞれの項目を独立したものと考えて,整合性のあまりない形で申請書を書いていたからではないかと思う。ある程度の書き方なりアドバイスがあれば,良いものが書けるのではないか。そのようなモチベーションでこの記事を書いた。後学の参考になれば幸いである。

 

 

注1)ただしこのことは,ゆとりのある生活が保障されることを必ずしも意味しない。月額20万といっても,所得税やら年金やらで引かれて,手取りは思ったより低くなる。手取り17万円前後の収入では,大都市圏の一人暮らしはままならない。また,授業料免除も通らない可能性も残っている。学振研究員が授業料を全額払うよう命じられて死にそうになってる話 - Disce libensでの切実な叫びは,このことを物語る。

注2)3月中に書こうと思っていたが,引っ越しやら(それこそ!)学振の手続きやらで企画倒れにしようと思った。しかし同期にDC2を出すという人がそこそこいたので,4月になったが書いていこうと思った。