法学部生にオススメの本5冊を考える

質問箱で,以下のような質問が来た。

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この質問は,簡単そうに見えて意外に難しいと感じた。

第1に,僕自身はそこまで法学をオススメはしないからだ。

これは「法学って結局なんのためになされているのか」という問いに僕が答えを見出していないからであり,他の人から見たらこの問いは無意味であるとしたり,考えすらしなかったり,杞憂であるとするだろう。

また,法学・政治学を学んだからといって別に偉くなるわけではない。

法学者は「難解な言葉の上に難解な言葉を,学説の上に学説を積み上げて,自分らの学問こそ最も困難な学問だというような感じを出しますね」とエラスムスは5世紀前に書いたが(『痴愚神礼讃』(中公文庫,2006年)151頁),この性格は現代に引き継がれているだろう。

第2に,仮に第1の点を譲歩したとしても,この質問では新入生ではなく法学部生を対象にせよといっているのだ。

新入生の場合であれば多少なりともオススメの本を出せるような気がするけれども,少々大学で勉強をした法学部生にオススメする本はあまり紹介されないのではないか(だからこそ質問してきたのであろうか)。

ちなみに,高校生・新入生にオススメする本を紹介するものはネット上数多だ。

特に目に止まったものは法学入門? - 中級者をめざすブログである(この人もなかなか苦労して紹介していると感じられる)。

第3に,僕自身があまりオススメできるような本を読んでいないことである。

これは僕の能力の限界であり,志向性の問題である。

そこで,何人かの法学部生・院生,弁護士に助言を求めた。

彼らにはここで感謝したい。

 

これらを踏まえながらなんとか法学部生にオススメの本5冊を考えた。

僕自身法学部生でありながら基礎法学に片足を突っ込んでしまっている人間であり,僕自身の視点は粗末なものであろう。

この限界を認識しながら本を紹介しなければならないのは苦痛だ。

しかし自分のフィードバックのためにも紹介していきたい(ただ,小難しい本を紹介し悦に浸るというような法学部生にありがちな自己満足的な紹介とは一線を画すことは自信をもって言える)。

紹介の最後に特に読んで欲しい読者層を書いているのでその辺りも参考にしていただければ幸いである。

 

⒈井田良=佐渡島紗織=山野目章夫『法を学ぶ人のための文章作法』(有斐閣,2016年)

この本は,法律学の答案・レポートをどのように書くかということに関して書いている本である。

つまり,法学の土台となる文章の書き方を会得することを目指すような本である。

よって,この本は法学そのものというよりは,土台になる部分を扱っていると言える(そうはいうものの,コラムは根源的な論点,例えば「法律学における「真理」」や「判例とは何か」など,今読んでみるとかえってその部分が面白いと感じる)。

この本の面白いところは,法学文章の本であるが,より基本的に文章を書くイロハをPart Ⅱに入れており,この部分は国語教育を専門としている佐渡島先生が書いている点である。

おそらく読者層は法律学を勉強しているがなかなか成績が伸びない人なのだと思う。

 

川島武宜『日本人の法意識』(岩波新書,1967年)

この本は,日本人の「訴訟嫌い」「円満にことを納める」という法意識を論じている本である。

筆者の問題意識としては⑴民法など紙の上の法律(Law in paper)と現実の社会規範(Living law)のズレ,⑵このズレはいかに縮められるか,である。

要するに,不平等条約の撤廃のために輸入してきた法規範というものが現実の一般人の社会生活では全く見向きすらされておらず,これは何故なのかという問いの有力な答え(の1つ)として「日本人の法意識」を挙げているのである。

現在の社会科学の水準から見ると,インタビュー調査などでやや物足りないと感じることがあるが,全体としては今日の日本社会でも残っている問題を扱っており,面白い。

また,この本は法を社会学的に分析するという,いわゆる法社会学的モチベーションをとっているため,権利の概念枠組みも独特であるところも面白い(川島は,権利関係を個人と個人とのあいだの一定の型の社会関係とする(21頁以下))。

なお,この本を起点として,現代でも法社会学では法意識(法文化)論は大きなテーマになっている(最近は諸外国でも取り上げられる。See, Lynette J. Chua and David M. Engel, “Legal Consciousness Reconsidered”, Annual Review of Law and Social Science 15 (2019), pp.335-353 )。

読者層は法律学を勉強しながらもどこか違和感を感じている人だと思う。

 

⒊千葉勝美『憲法判例と裁判官の視点』(有斐閣,2019年)

この本は,最高裁判所判事を務め上げた千葉勝美による日本の「司法部の立ち位置」を扱っているものである。

まずは裁判官の思考方法を論じ(千葉自身は多分にリアリズム法学的な思考である),その後に千葉自身が選んだ,エポックメイキングとなる事件を紹介し,そこに「司法部の立ち位置」が考察されていくという構成である。

砂川事件などの戦後間もない事件から,非嫡出子の法定相続分に関する大法廷判決など最近の事件まで扱っているのも勉強になる。

この本の面白いところは最高裁判事の目線を知ることができることである。

ただ,千葉勝美だけの裁判官像を紹介するだけではフェアではないような気がするので,瀬木比呂志『裁判官・学者の哲学と意見』(現代書館,2018年)も紹介しておこう。

読者層は広く法学に興味がある人だと思う。

また,より日本の司法に関して興味がある人はダニエル・H・フット〔溜箭将之訳〕『裁判と社会』(NTT出版,2006年)も参照されると面白いかもしれない。この本は前述の川島『日本人の法意識』にも続くものである。

 

⒋平井宜雄『損害賠償法の理論』(東京大学出版会,1971年)

この本は,民法416条・709条の理解を中心とした損害賠償の規定に関して当時の通説(鳩山=我妻説)から真っ向に勝負した本である。

学術書としてのレベルは言うまでもなく高い。

その上,おそらく平井はこの本を30代で書いており,研究の見本となると感じられる(その点で言えば村上淳一近代法の形成』(岩波全書,1979年)も同様である)。

そして,日本に法学が根付いた瞬間であると言えるかもしれない。

つまり,平井以前の民法416条における因果関係はいわゆるドイツと同様の相当因果関係であると考えられてきた。

しかしながら,平井は416条の制定過程から416条がイギリスの判例から生じたものだとし,因果関係は事実的因果関係だとする。

こうして元来のドイツ法解釈的学説がひっくり返るという,こういう面白さがある。

709条についても,同様にドイツ的な客観的要件=「違法性」と主観的要件=「過失」という判断枠ぐみ(我妻=加藤説)が現実の判例とミスマッチであるとする。

読者層は,法学の研究の熱を感じたい人はもちろんのこと,債権総論で教科書に相当因果関係説やら事実説が急に出てきて苦しんだ切実な学生(僕はこのタイプ)だと思う。

 

⒌小坂井敏晶『神の亡霊』(東京大学出版会,2018年)

以上までは法学系の本をオススメしてみたが,別に法学に誘わなくてもいいと割り切り,最後は法学系でない本を紹介する。

大学生なのだから学びに寄り道は不要ではないだろう。

この本は,社会心理学者である小坂井敏晶が「自由意志」という考えと近年の社会心理学その他の経験科学から突きつけられる人体の認知構造に生じる矛盾を突き詰めて考えた本である。

最終的に小坂井は自由意志を神なき近代社会における秩序維持のための虚構であるとする。

また,正義論などの「べき論」を「雨乞いの踊り」とする。

この結論には多くの人が驚かせるだろう。

そして,ある人は拒否反応を起こすだろうし,別の人はゲテモノ扱いするかもしれない。

しかし小坂井の考えを辿っていけば,これらの反応はナンセンスであることがよくわかる。

こういう点で,この本は問いを立てることそのものに拘っているのだ。

少なくとも「何が正しいのか」という問いは跳ね除けられるのではないだろうか。

読者層は学びや根源的な問いを考えてみたい人だと思う。

また,小坂井敏晶『増補 責任という虚構』(ちくま学芸文庫,2019年)もオススメしておく(この本については,小坂井敏晶『増補 責任という虚構』(ちくま学芸文庫,2020年)を読む - pompombackerの徒然を参照していただけるとありがたい)。

法学部生で『神の亡霊』を読むのが難しいと感じた人は,小坂井敏晶『人が人を裁くということ』(岩波新書,2011年)をオススメする。

この本は当時の新しかった裁判員制度を横目に置きながら,正面から日本で語られることのなかった人が自らを裁くことに焦点を当てており,刑事司法に興味があれば読むのも幾分か楽だと思われる。

 

以上,自分がこれまで読んできた本のうちに法学部生にオススメできる本を紹介した。

古いものもあるが,現代でも読む価値のある本だと思う。

これらの本を読んで法学をさらに勉強したくなるという保証は全くない。

むしろ勉強したくなくなるかもしれない。

だがそれでもいいのである。