ノート

フランスにおける人格権:私生活の尊重を求める権利と民事責任との関係

民法演習の報告の材料として,フランスの人格権を扱う文献を読んだ。 その中のPascal Ancel, Droits des obligations (Dalloz, 2020), pp.390-394を訳出した。 不法行為法の構造としてはフランス法を継受している面もある日本にも何かしらの示唆を得るもので…

「契約」という翻訳

Ⅰ はじめに 日本が近代化を目指し,西洋列強から法制度を継受(輸入)した際に,輸入した概念・観念を日本語で表現するのに多大な苦労を要したことは,よく知られている話である。有名な話としては,福沢諭吉がright(Recht,droit,regt)をどのように訳し…

グンター・トイブナー「グローバル・ブコーヴィナ──越境的法多元主義の発生に向けて──」訳(下)

グンター・トイブナー「グローバル・ブコーヴィナ──越境的法多元主義の発生に向けて──」訳(上) - pompombackerの徒然 グンター・トイブナー「グローバル・ブコーヴィナ──越境的法多元主義の発生に向けて──」訳(中) - pompombackerの徒然 Gunther Teubner…

グンター・トイブナー「グローバル・ブコーヴィナ──越境的法多元主義の発生に向けて──」訳(中)

グンター・トイブナー「グローバル・ブコーヴィナ──越境的法多元主義の発生に向けて──」訳(上) - pompombackerの徒然 前回に引き続き,Gunther Teubner, “Globale Bukowina : Zur Emergenz eines transnationalen Rechtspluralismus” in Rechtshitorisches…

グンター・トイブナー「グローバル・ブコーヴィナ──越境的法多元主義の発生に向けて──」訳(上)

「生ける法」議論の系譜を現代に辿っていくうちに,Gunther Teubner, “Globale Bukowina : Zur Emergenz eines transnationalen Rechtspluralismus” in Rechtshitorisches Journal 15(1996), S.255-290という論文があることを村上淳一「歴史的意味論の文脈に…

我妻栄「私法の方法論に関する一考察」を読む

Ⅰ 我妻のモチベーション 法学部生ならば我妻栄という人物を一度は聞いたことがあるだろう。日本の民法学をほとんど完成させ,現在もなお「伝統的通説」として学説に影響を与えている民法学者である。戦後すぐに行われた民法(家族法)の大改正を行った立法者…

近代において何が法を法たらしめているのか(法学内部における外部的観察の試み)(1)

今月はあまり勉強に集中できなかった。なので今回は復習でもする感じでノートを書いてみる。 題材は法社会学の定期試験の問題から引っ張ってきた。院試の勉強みたいなものである。 参考文献は書くようにするが具体的なページ数は書かないので注意されたい。 …

Joseph Raz, “The Functions of Law” 要約・コメント

法哲学のゼミで法実証主義者であるJoseph Razの“The Functions of Law”の要約の報告をすることになった。この論文はRazのThe Authority of Law (Oxford, 2nd, 2009)所収(pp.163-179)のものであり,初出は1973年のA.M.B. Simpson (ed.), Oxford Essays in J…

やはり正義構想論はよくわからない

⒈法=正義? 法と正義の関係についての著作は数多ある。そのうちの一部を紐解くと「法は正義を標榜する」(井上達夫)とされたり,「法システム内の偶有定式」(ニクラス・ルーマン)とされたりする。中には「法の自己破壊的超越物」(グンター・トイプナー…

小坂井敏晶『増補 責任という虚構』(ちくま学芸文庫,2020年)を読む

月に2回のペースでブログの記事を書くようになった。 そして2月の2つ目の記事は「朝井リョウ再読」にするつもりだったが,朝井リョウ『死にがいを求めて生きているの』が今手元にないので今回は小坂井敏晶『増補 責任という虚構』を読んでいこうと思う。 ま…

近代的所有権の系譜学

Ⅰ 本稿のモチベーション 我が国の民法において,所有権とは法令の制限内において自由に物を使用,収益及び処分する権利であると規定されている(民206条)。民法学上この所有権は絶対性を有するとされている。近年この「所有権(物権)絶対の原則」の弊害と…

日本における「法文化」論

Ⅰ 日本人は訴訟嫌い? 戦後に登場した東大系の三大知識人といえば,川島武宜,丸山真男,大塚久雄がしばしば挙げられる。彼らは自身の学問的基盤に依りながら,戦後民主主義の旗振り役になっていたことは、諸著作から窺える(もっとも,日本が高度成長の波に…

社会問題と司法の応答(2)

前回;社会問題と司法の応答(1) - pompombackerの徒然 Ⅳ 裁判所の組織と判例の位置 前節で提起された日本の裁判所の「鈍感さ」の要因の検討に入る前に以下の2つを考える必要がある。すなわち,⑴法を全体社会の中の部分社会システムと捉えた際に,裁判所と…

社会問題と司法の応答(1)

Ⅰ はじめに 法は道徳と繋がりがあるか否かは,法理論における古くて新しい問いとしてしばしば位置付けられる。このおおよそ答えのない問いは,近代に至り共同体が融解し各人が自由で平等な主体として存在している以上,絶えず問われ続けるように思う(注1)…

近代的所有権概念(3・完)

前々回(近代的所有権の意義),前回(近代的所有権の社会的機能)からの続編。 近代的所有権概念(1) - pompombackerの徒然 近代的所有権概念(2) - pompombackerの徒然 Ⅲ 近代的所有権の限界 しかしながら,今日の社会変動,グローバリゼーションとその反動…

近代的所有権概念(2)

前回(近代的所有権の意義)からの続編。 近代的所有権概念(1) - pompombackerの徒然 Ⅱ 近代的所有権の社会的機能 近代的所有権は大きく4つの社会的機能,すなわち①解放機能,②包摂機能,③商品交換機能,④単純化機能,を持つ。ただし,これらは相互に関係し…

近代的所有権概念(1)

Ⅰ 近代的所有権の意義 一般に,近代所有権は伝統的所有権の発展とされる。すなわち,所有権(物権)の絶対性・排他性・直接支配性はローマ法の延長線上だという理解である。しかしそれは所有権概念の扱いそのものが異なっていたのであった。その意味で近代的…

社会の理解と秩序づけに関する法と宗教間の類似点と相違点 〜Ravitch先生の話を聞いて〜

これは2018年12月21日に北大軍艦講堂5番教室でF.Ravitch教授(ミシガン州立大学)の講演(Perceiving the World Around Us: The Similarities and Differences Between Law and Religion in Understanding and Ordering Society)をベースに,さらにM・ガブ…